休職約一年から社会復帰を目指す。

うつからの社会復帰を目標として、考えたことをまとめて、アウトプットしていきたいです。

復職に向けた、休職の原因と再発防止策を考える。

現在、休職約一年の私の過ごし方は、平日は朝から夕方までデイケアに通って、家に帰って料理という流れ。

デイケアというのは、うつ病適応障害などで休職・退職した方が、社会復帰に向けてグループワークなどのリハビリ的なことをする、病院などが運営している施設のこと。

通い始めてから3、4ヵ月くらいになる。
会社によっては、デイケアでのリハビリを期間を設けて義務としているところもあるが、うちは特になかった。復職や再発への恐れがあるというのを主治医に相談したところ、ならデイケアはどうだと紹介してもらったかたち。
 
最近はデイケアに行きながら、会社と復職の話を少しづつ進めている。
面談などもこれから行っていくと思うので、以前の日記の内容で、もう少し休職の原因と対策というところに焦点を当てて考えてみたいと思い、この記事を書いた。
デイケアの内容やそこでの自分については、また別の日記で触れたい。
 
休職の原因をいま冷静に考えると、大きく3点あるかなと思った。なお休職までの詳しい流れは以下の記事を参照。


休職にいたった3つの原因

  • 相性の悪いAさんと2人で進める、周りとほぼ独立した仕事だったという点。
  • AさんとプロジェクトリーダーのBさんが2人で話を進めることへの不信感。
  • できないと思ったことでもとりあえずやってみる(できない事を「できない」と言えない)という自分の姿勢。
 

周りと独立した仕事による孤独感

一点目に関しては、助けを求める事ができる相手を見つけられなかったということ。
プロジェクトメンバーの中でも担当する分野が異なるため、前提条件などをよく理解していないといけない自分の質問に答えられる相手が、AさんとプロジェクトリーダーのBさんしかいなかった。
教育担当者はAさんであるため、Aさんを飛ばしてBさんに伺う訳にもいかず*1、Aさん以外の元で、煮詰まった仕事を進めるのが現実的に不可能な配置だった。
これが仕事の八方塞がり、そして自分の休職となってしまった大きな原因だと思う。
ただAさんと相性が悪いだけならば、ここまでの事態にはならなかったと思う。
 
対策としては、できない人アピールをしておきつつ、チーム内を観察して、各分野の頼れそうな人をリストアップしておくとかだろうか。
できない人アピールということについては、詳しくは後述。これをやっておかないと、頼りにいっても「できるでしょ」「分かるでしょ」と、アドバイスを必要としない相手と認識されてしまうため。
でも、あんまりにできないのをアピールしてると、話の通じる相手じゃないとみなされて、逆に取り合ってもらえないケースも実際にあったんだよなと書きながら思った…。どうすりゃいいんだろう。
他の方の考え方・実践したやり方などをぜひ伺いたい。
 

自分のいないところで話が進んでいくことへの不信感

二点目に関しては、例えば喫煙所があげられる。なお私は喫煙せず、AさんとBさんは喫煙者。
私がAさんに報告しに行って、理解を得られず叱責された直後に、AさんとBさんで喫煙所に行ったり、そこら辺の机で話し合いをするなどしてから、私が呼び出されるのが、私にとっては恐怖だった。ネガティブ版パブロフの犬のような感じ。
Aさんの独断ではなく、リーダーなどとの総意のもとで、自分の意見などが否定されているのだという考えが、私自身にショックを与えていた。
 
対策としては「自分のいないところで物事が進んでいくことに対する、不信感・ストレスがあります」というのを、談判するしかないのかなぁ。
私みたいに気にする人は、どうしても気になってしまうし、気にならない人たちは、こうして無意識にやってしまうだろうし。
これに関しても、他の方の意見をぜひ伺いたい。
 

できないことを「できない」と言えない

三点目に関しては、学生時代には通用していたが、働き始めてからは通用しないと思わされた考え方のひとつ。
当時私は、若手社員には方向だけ示してから自由にやらせてみて、行き詰まったら経験者がフォローしてあげ、成長させるというやり方が、チームの在り方かなと何となく思っていた。
そのため、自分自身をこのフローに当てはめ、割と自由にやってみてから結果を報告していたのだが、そのたびに「違う」と言われていた。
何が違うのかが分からないため、全部やり直してみたら*2、「そこまでやれとは言ってない」とあきれられる。*3
 
おそらく、Aさんは私を若手社員としてではなく、一人の技術者として接していたように思う。
私の考えている自分自身の立ち位置と、Aさんの考えている私の立ち位置にずれがある場合、どういう事態を招くかという例。
人間関係の最初にこのギャップが発生して、それが続いて半年ほど経過してしまうと軌道修正が行えなくなる。後から「できない」「分からない」と言っても、「できるだろ」「分かるだろ」と言われ、堂々巡りの末、「時間の無駄」「給料に見合った仕事をできてない」という魔法のことばで強制会話終了。
自分のできないことを「できない」と素直に表現できることは立派な能力の一つ。
今後復職した後は、これを意識する心の余裕をもって仕事ができたらいいなと思う。
 
私が「できない」と言えないのは、今まで自分の劣等感と向き合ってそれを受け入れる機会がないまま社会に出てしまったためだと思う。
自分の認めたくない事実から逃避するために、がむしゃらに頑張ってきたが、そのやり方が通用しないケースにこうして始めてぶちあたった。
いま、こうして文字に起こせるのは、できない自分を受け入れられているからかも。昔なら言えなかったかなと思う。
ごちゃごちゃしてきたので、この「できない」を言える強さについてはまた別の記事で書きたい。
 

最後に

先日、大学の研究室でお世話になった先輩と、こんな感じのことをテーマにした話をする機会があった。
その先輩の体験談なども伺えて、とてもありがたかったので、感謝の意味も込めて、こうして自分なりのいまの考え方をまとめてみました。

*1:実際に飛ばしてBさんに聞きに行っていた時期もあったが、飛ばすのは配置の関係上やめろとBさんに諭された

*2:ちなみに、ここで何が違うんですかと聞くと、「全部」と言われる。ワロタ

*3:そして二点目で述べたように、AさんとリーダーBさんとで喫煙所に行き、数分後2人がやってきて、私に対する説教が始まり、「このやり取りの時間が無駄」と最後は言い捨てられて2人ともいなくなる。ワロタ